配当と自社株買いはどちらが優れているのでしょうか。税制上は自社株買いであることは間違いないでしょう。配当を出せば税金がかかります。さらに、再投資の際に証券会社に手数料を払わなければなりません。自社株買いならこれらの費用はかかりません。
ならば、配当を一切払わず、その分をすべて自社株買いに回す企業に投資すべきでしょうか。
絶対にそうとは言い切れません。エージェンシーコストの面では配当に分があります。
エージェンシーコストとは
株主と経営者のゴールは同じではないかもしれません。株主のゴールは株主利益の最大化ですが、経営者のゴールは名声かもしれませんし、社会の変革かもしれません。そのゴールを求めて新規事業を始めるかもしれませんし、(株主視点では)効率の悪い買収を行うかもしれません。
これは例えばスティーブ・ジョブズを思い浮かべるとわかりやすいです。彼がビジネスをしていたのは優れた商品を世に送り出したいからで、株主利益の最大化ではなかったはずです。もっとも、ジョブズの場合はその才能ゆえに自分のやりたいようにやることでアップルを大きく成長させることができましたが、これは例外的だと考えるべきでしょう。
配当はエージェンシーコストの点で有利
エージェンシーコストの観点からみると、配当には自社株買いには無いメリットがあります。配当を出す企業は株主利益を守る方向に圧力がかかり、そのためエージェンシーコストが低くなるという点です。なぜか。配当は毎年増配が求められるのに対して、自社株買いはそうでないことが理由です。
米国では減配は最後の手段です。減配したら最後、経営者は無能の烙印を押されます。ですから企業は何としても配当を維持、増配しようとします。その結果、経営者はEPSの成長に集中し、無駄な設備投資や買収を避けます。結果、経営者と株主のゴールは一致します。
一方、自社株買いにそのようなノルマはありません。前年に十分な額の自社株買いを行っていれば、翌年に一切自社株買いをしなくても株主に怒られることはありません。企業の業績が良い時に自社株買いを行って、業績が悪い時は自社株買いを止めれば良い。毎年増配が求められる配当に比べれば、経営者のプレッシャーは軽いと言えるでしょう。経営者から見れば、自社株買いの方が裁量が利くというわけです。結果、経営者と株主のゴールがずれてしまう恐れがあります。
以上の主張が正しいことを示唆する研究があります。例えばマイアミ大学のAGENCY COSTS AND THE DIVIDEND DECISIONという論文では、エージェンシーコストが高い企業ほど、キャッシュを通常配当ではなく特別配当の形で払おうとすると述べられています。
特別配当は一回限りの配当なので、自社株買いに非常に近い性質を持っています。したがって、エージェンシーコスト:通常配当<特別配当≒自社株買い ということになるのではないでしょうか。
過去の実績は未来を予想するものではない、とよく言われます。これはその通りなのですが、配当においては、過去の実績は経営者の姿勢を示す指標としてある程度有益であると私は考えています。
配当貴族銘柄や配当王銘柄は、数々の不況を乗り越え安定したキャッシュを稼ぎ続けてきた企業であるだけでなく、株主利益を大切にする経営を続けてきた企業でもあるというのが、本記事の主張です。
【注意点】
エージェンシーコストがどれほどのインパクトを持つのかは不明です。もしかしたら無視できるほど小さいのかもしれません。この辺は勉強不足です。今後もっと調査したいと思っています。
補足:シーゲル本におけるエージェンシーコストの言及
シーゲル教授の『Stocks For The Long Run』にもエージェンシーコストについての言及があります。こちらは自社株買いではなく、再投資について述べたものです。
余談:Googleについて
個人的にエージェンシーコストが高いな、と思うのがGoogle(の親会社アルファベット)です。稼いだキャッシュでさまざまな研究開発を行っているのですが、その多くが実験的です。
こちらの記事にGoogleが失敗した事業がまとめられています。最近も、「Google発の気球で世界中にインターネットを届ける「Project Loon」が完全シャットダウン」しました。これらを見ると(別に見るまでもないかもしれませんが)、Googleもジョブズと同じように、株主利益どうこうよりも世界を変革したいという思いが非常に強いと感じます。そういう風に頑張ってくれていることは一市民としては嬉しいですが……。やはりシーゲル教授が言うように、技術革新の恩恵は消費者にもたらされるのであって、投資家ではないのでしょう。
ならば、配当を一切払わず、その分をすべて自社株買いに回す企業に投資すべきでしょうか。
絶対にそうとは言い切れません。エージェンシーコストの面では配当に分があります。
エージェンシーコストとは
企業経営について株主(依頼人)と経営者(代理人)の間に利害対立が生じ,非効率な経営が行われるためにかかるコスト.代理人が長期的な視野に立つ経営を目指しても,依頼人は短期の利益を求めることなどから起こる.
(現代人のカタカナ語辞典 - エージェンシー コスト)
株主と経営者のゴールは同じではないかもしれません。株主のゴールは株主利益の最大化ですが、経営者のゴールは名声かもしれませんし、社会の変革かもしれません。そのゴールを求めて新規事業を始めるかもしれませんし、(株主視点では)効率の悪い買収を行うかもしれません。
これは例えばスティーブ・ジョブズを思い浮かべるとわかりやすいです。彼がビジネスをしていたのは優れた商品を世に送り出したいからで、株主利益の最大化ではなかったはずです。もっとも、ジョブズの場合はその才能ゆえに自分のやりたいようにやることでアップルを大きく成長させることができましたが、これは例外的だと考えるべきでしょう。
配当はエージェンシーコストの点で有利
エージェンシーコストの観点からみると、配当には自社株買いには無いメリットがあります。配当を出す企業は株主利益を守る方向に圧力がかかり、そのためエージェンシーコストが低くなるという点です。なぜか。配当は毎年増配が求められるのに対して、自社株買いはそうでないことが理由です。
米国では減配は最後の手段です。減配したら最後、経営者は無能の烙印を押されます。ですから企業は何としても配当を維持、増配しようとします。その結果、経営者はEPSの成長に集中し、無駄な設備投資や買収を避けます。結果、経営者と株主のゴールは一致します。
一方、自社株買いにそのようなノルマはありません。前年に十分な額の自社株買いを行っていれば、翌年に一切自社株買いをしなくても株主に怒られることはありません。企業の業績が良い時に自社株買いを行って、業績が悪い時は自社株買いを止めれば良い。毎年増配が求められる配当に比べれば、経営者のプレッシャーは軽いと言えるでしょう。経営者から見れば、自社株買いの方が裁量が利くというわけです。結果、経営者と株主のゴールがずれてしまう恐れがあります。
以上の主張が正しいことを示唆する研究があります。例えばマイアミ大学のAGENCY COSTS AND THE DIVIDEND DECISIONという論文では、エージェンシーコストが高い企業ほど、キャッシュを通常配当ではなく特別配当の形で払おうとすると述べられています。
特別配当は一回限りの配当なので、自社株買いに非常に近い性質を持っています。したがって、エージェンシーコスト:通常配当<特別配当≒自社株買い ということになるのではないでしょうか。
過去の実績は未来を予想するものではない、とよく言われます。これはその通りなのですが、配当においては、過去の実績は経営者の姿勢を示す指標としてある程度有益であると私は考えています。
配当貴族銘柄や配当王銘柄は、数々の不況を乗り越え安定したキャッシュを稼ぎ続けてきた企業であるだけでなく、株主利益を大切にする経営を続けてきた企業でもあるというのが、本記事の主張です。
【注意点】
エージェンシーコストがどれほどのインパクトを持つのかは不明です。もしかしたら無視できるほど小さいのかもしれません。この辺は勉強不足です。今後もっと調査したいと思っています。
補足:シーゲル本におけるエージェンシーコストの言及
シーゲル教授の『Stocks For The Long Run』にもエージェンシーコストについての言及があります。こちらは自社株買いではなく、再投資について述べたものです。
If retained earnings are reinvested profitably, value will surely be created. But the availability of retained earnings might tempt managers to pursue goals, such as overbidding to acquire other firms, which do not increase the value to shareholders.
訳:留保利益が生産的に再投資されれば、価値は生み出される。しかし、留保利益があると、経営者は高値で他社を買収するといった株主価値を向上させない目的を追求してしまいがちである
"Stocks For The Long Run" by Jeremy J Siegel
余談:Googleについて
個人的にエージェンシーコストが高いな、と思うのがGoogle(の親会社アルファベット)です。稼いだキャッシュでさまざまな研究開発を行っているのですが、その多くが実験的です。
こちらの記事にGoogleが失敗した事業がまとめられています。最近も、「Google発の気球で世界中にインターネットを届ける「Project Loon」が完全シャットダウン」しました。これらを見ると(別に見るまでもないかもしれませんが)、Googleもジョブズと同じように、株主利益どうこうよりも世界を変革したいという思いが非常に強いと感じます。そういう風に頑張ってくれていることは一市民としては嬉しいですが……。やはりシーゲル教授が言うように、技術革新の恩恵は消費者にもたらされるのであって、投資家ではないのでしょう。
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