今日は、振り返りの意味も込めて、長期投資の根本的な問題、すなわち株価の上昇はどうやってもたらされるのかを改めて考えてみたいと思います。※2021/1/22追記しました。

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長期投資においては、「株価の上昇=EPS(一株当たり利益)の成長」です(一株当たりキャッシュフローでも調整後EPSでも本質的には同じことです)。

もちろん、株価はバリュエーションによって変動します。同じEPSでもPERが10倍と20倍では株価が2倍違います。しかしバリュエーションは将来のEPS成長率を織り込んでつけられるものです。例えば、今後も高い成長率が期待されるアマゾンやアルファベットのPERは高いです。結局、EPSの成長なくして株価の上昇なしと言う話になります。

(本記事では個別株の株価について考えます。PERを変動させるもう一つの要因は経済状況で、例えば好況であればPERが上昇し、不況であれば下降することが多いですが、これは個別株ではなくマーケット全体についての問題ですのでこの記事では扱いません。)

では、企業はどうすればEPSを上昇させることができるのか。要因を次のように分解して考えていきます。
1. トップライン(売上高)の成長
 1-1. 経済発展(新興国)
 1-2. 人口増加
 1-3. マーケットシェア拡大
 1-4. 産業構造の入れ替わり
2. 利益率の改善
3. 自社株買い/買収/設備投資
 3-1. 自社株買い
 3-2. 買収
 3-3. 設備投資/研究開発

1. トップライン(売上高)の成長
まずは売上高の成長について見ていきます。考察のために1-1~1-4に分類しましたが、現実ではこれらが複雑に組み合わさっていることは言うに及びませんね。

1-1. 経済発展(新興国)
経済発展によって国民が豊かになり、より多くの商品を購入することで会社の利益が増えるという、わかりやすいパターンです。とある発展途上国を例にとって考えてみます。最初は車を持っている人がほとんどいなかったが、経済が発展し、自家用車の保有率が3%から50%になった。このような場合、自動車メーカーの売上高は経済発展にともなって伸びます。かつての日本もそうでしたが、みんなで幸せになれる時代です。

1-2. 人口増加
しかし、マーケットの成熟に伴い、しだいに成長が鈍化していきます。極限まで単純化した場合、売上高の成長率は最終的に人口増加率に収斂します。例として、コカ・コーラの販売を考えます。その国が発展途上なら経済発展に伴いこれまでコカ・コーラを買えなかった人が買えるようになり、それによってコーラの販売本数は増えるでしょう。しかし、日本のような先進国で国民の所得が3割増えたからといって、コーラの消費量はもう殆ど増えないでしょう。月収数十万円の日本人にとって、1本150円程度のコーラは取るに足らない金額だからです。よって、一人当たりの消費量は変わらないため、購入者数だけが変数になります。つまり人口増加率=売上高成長率になります。

下の図は日本のエンゲル係数の推移です。経済発展に伴い減少を続けてきました(ここ数年少し上がってしまったようですが……)。豊かになっても、その分食べ物にお金をかけるわけではなく、別の何かに使うようになったということです。

もっとも、この議論は前述のように極限まで単純化した場合であって、これが適用できる場面は少ないように思います。例えば、日本の自動車市場はもう成熟していますが、それでも今後所得が伸びたとしたら、車にもっとお金をかけたいと思っている人は少なからずいるでしょう。200万のアクアじゃなくてBMWが欲しいとか、そういう人間の欲はまだまだ満たされていませんし、際限がないのかもしれません。

増えた所得でもっと良いトイレットペーパーを買おうと思う人は少ないでしょうが、もっと良い靴を買いたいと思う人は一定数存在すると思われます。そういう意味では、後者のような商品を提供する企業は成熟したマーケットにおいても、人口増加のみならず経済成長(一人当たりのGDP増加)の恩恵を受けることができると言えます。

この点に限って言えば、プロクター・ギャンブルよりフォードのほうが売上高が伸びる余地があると言えます。人口増加はどちらにもプラスに作用します。しかし、所得が増えたからといってもっと良い洗剤を買おうと思う人がどれだけいるでしょうか。車を一つ上のグレードにしたいと思う人の方が、はるかに多いでしょう。もっとも、以降の項目から考えるとフォードの将来は明るくありません。

1-3. マーケットシェア拡大
マーケットシェアの拡大も売上高の成長につながります。これを実際にやってみせているのがアルトリアです。下記はマルボロのシェアの推移です。

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出典:The epic rise of Marlboro cigarettes

たばこメーカーが値上げによって売上高を伸ばしていることは良く知られていますが、アルトリアの場合はマルボロのシェア拡大も売上高の成長に貢献しています。

書いていて思いましたが、そういえば値上げもトップラインを成長させる方法の一つですね。もっとも、それができる企業は限られているとは思いますが……。

買収もマーケットシェアを拡大する方法ですが、これについては後で考察します。

1-4. 産業構造の入れ替わり
「ラジオスターの悲劇(Video Killed the Radio Star)」という有名な曲がありますね。テレビの出現により仕事を奪われた歌手の話だそうです。チャーリー・マンガーは消えた産業としてデパート、新聞、スチールをあげています。そうした衰退産業に取って代わった新興産業では、売上高は毎年大きく伸びていくでしょう。1-3. マーケットシェア拡大を産業をまたいで行っているとも言えます。思い浮かぶ企業と言えば、やっぱりアマゾンでしょうか。米国の小売業界で猛威を振るっています。

米国小売企業トップ10(2020年)

2. 利益率の改善
利益率を10%から15%に伸ばせば、EPSは1.5倍になります。これを実現したのがホームデポです。


ただ、利益率の改善は長期投資においては限定的な役割しか果たせないと思います。競争力のある企業がひしめく米国市場で利益率を高めることは容易ではありませんし、2倍、3倍にすることはほぼ不可能です。米国企業は10年、20年でEPSが数倍になりますが、それは利益率の改善よりも売上高の成長などにが主な要因であるはずです。

3. 自社株買い/買収/設備投資
3-1. 自社株買い

ここからは、稼いだ利益をどう活かしていくかという話です。話を簡単にするために、余剰利益の全てを自社株買いに回したとします。その場合、およそ株式益回り分株価が上昇することになるわけですが、このことを改めて確認してみます。例として純利益=100ドル、発行株式数=100株、株価=20ドルの企業を考えます。純利益を全額使うと、5株(20ドル×5株=100ドル)買い戻すことができます。発行済み株式数は100→95株に変わります。この企業の当年のEPSは1ドルでしたが、翌年も業績が同じだとすると、EPSは100/95=1.05263になります(5.26%上昇)。

株式益回りより若干高くなるのが算数の面白いところですね。この企業のPERは20倍で、その逆数である株式益回りは5%ですから、0.26%の差があります。この差はPERが低くなればより広がり、例えばPERが10倍なら益回りは10%ですが、自社株買いによるEPS上昇率は100/(100-10)=1.111....(11.111%)と1%以上の差が現れます。

一応配当再投資にも触れておきます。会社が自ら株式を買うか、株主が買うか。理論的にはそれだけの違いです。そして税金を払う必要がない自社株買いの方が有利だと言われています。

さて、最近の米国市場を見ると、総還元性向(配当+自社株買い)が100%を超えている企業が珍しくありません。なので、「話を簡単にするために」と言ったものの、実は上の計算を適用できる企業が現在の米国にはかなりあります。

PERが25倍なら株式益回りは4%。EPSを4%押し上げる効果があります。これに米国の潜在成長率2%を足すと6%。これがいま米国市場全体に投資して得られるリターンの目安になります。一見、PERに依存しすぎだと思われるかもしれませんが、これはシーゲル教授の「リターンの大部分は配当再投資によってもたらされた」という分析結果と整合的です。

3-2. 買収
自社株買いより効率が良いと判断すれば、買収という手段を使います。要は自社の株を買うか、他社の株を買うかという話ですが、買収の場合はプレミアムを支払う必要がある一方、経営統合によるシナジー効果の発揮なども期待できます。

3-3. 設備投資/研究開発
企業が確固たるマーケットシェアを持っており、その維持または緩やかな拡大のために事業再投資を行うのは問題ないでしょう。問題なのは、競争に巻き込まれているケースです。参考リンクを貼っておきます。




常に冷静でいることは難しい
最後に雑感を書いておきます。上に書いたことを念頭に置いて冷静に企業分析をしたいと思っているのですが、これがまた中々難しいものです。つい一部の要素を過大評価または過小評価してしまいます。

最近だとホーム・デポ(HD)の購入検討ですかね。EPS、配当が大幅に(毎年二桁)伸びていたので魅力的に感じ、購入一歩手前まで行きました。


ただ落ち着いて考えてみると、ホームセンター業界がこの高い成長率を今後も維持すると思える十分な理由が見つかりませんでした。結局、将来は成長が鈍化すると判断して購入を止めました。

業績が良い企業を見つけるとつい勢いで投資してしまいそうになりますが、その業績の背景にあるものが何か、それが今後も存在し続けるのかを見定めなければなりません。